・アグネスラズベリ ・エイシンドーバー ・ジョリーダンス ・スーパーホーネット ・スズカフェニックス ・フサイチリシャール ・プリサイスマシーン ・ペールギュント ・マイネルシーガル ・ローレルゲレイロ
約束した時間の数分前にまず福永祐一騎手が登場した。黒のハイネックのセーターにチャコールグレーのジャケットがピタリと決まっていて隙がない。そして、隙がないのはファッションだけではない。口にする言葉とその物腰も同様だった。私が最初に祐一と会話をしたのは彼が赤帽だった頃。あどけなさと妙に醒めた部分とが同居している不思議な雰囲気の若者だった。しかし、ひさしぶりに会った彼は私の記憶のなかのそんな若者ではなく、成熟した知的な男性へと鮮やかに変貌を遂げていた。
「おひさしぶりです。今日はよろしくお願いします。まず、最初に聞きたいんですが、一年を振り返っての対談でなぜ僕なのかという気持ちがあるんです。成績からして四位さんが選ばれるのは判るんですけど、もう一人としてどうして僕に声がかかったのかが判らないもので……」
「年間を通して素晴らしい活躍をされた人物に話を聞くというだけではなく、これからの競馬についても大いに語り合っていただきたいと考えています。現状の問題点や今後の進むべき方向についてなども。あなたの場合はオークスを勝っているだけでも素晴らしいのに、日常における広報活動も積極的だと聞いています。最近も一日警察署長を務めたりエクセル博多オープンのセレモニーにも参加したり。そういった活動を通して感じたことなどをこの場で話していただければということなんです」
こんな会話をしている最中にベージュの厚手のセーターを格好よく着こなした四位洋文騎手が姿を現す。例によって優しい笑みを浮かべつつ「ひさしぶりですね、元気っすか」と声をかけてくる。彼もまた騎手としてデビュー当時から交流のあった人間で、ブランクはあってもいざ顔を合わせると瞬時にその空白を埋めて軽妙な会話が成立する人間のひとり。懐かしい顔がふたつも並ぶと一気に宴会モードになりかけるが、今日の私は対談の立会人。邪魔をしてはいけないと自分にいい聞かせ、テープが回りはじめる頃には席を外して同じ店のカウンターに移動。一時間ほどそこで暇を潰して対談室に戻ったところ、四位騎手が熱弁をふるっていた。
「ある雑誌に秋華賞の俺の騎乗を批判してる記事が載ってたんだけど、読んでガッカリした。馬のことも俺の考えも全然判ってない。評論家ってまずは批判ありきといったスタンスの人種が多い。馬のことを深く理解しようと努力もせず、ただ批判のための批判を書く。そんな人間は感心しない。しかも、その人間は俺と面識があるんだからね。憶測記事を書くぐらいなら直接聞きにくるか、それが無理ならせめて電話をかけてきて欲しい。ウオッカには宝塚記念みたいなレースを経験させたくなかった。あの馬の将来を考えつつ、なおかつあの秋華賞で勝ちに行くためにはあの乗り方しかなかった。俺はいまでもそう思っている」
ダイワスカーレットが勝った秋華賞。相手が前にいるのは判っているのだから四位はもっと前で競馬をすべきだと考えたファンの方も少なくなかったろう。一方、道中で他馬と接触してリズムを崩し、結果として折り合いを欠いた宝塚記念のウオッカ。泥まみれになって敗れた愛馬のダメージを考えるにつけ、掛かる気性の繊細なウオッカに同じ経験をさせたくないと考えた四位。目の前にあるレースに夢をかけるファンと、常に勝利をめざしながらも同時に騎乗馬の将来についても考えて騎乗する騎手。馬券が売られている限りこの双方に相容れない部分があるのは仕方ないことかもしれないが、だからこそ競馬マスコミはファンのためにも騎手たちのためにも、より正確にして丁寧な報道を心掛けなくてはいけないのである。
四位、福永両騎手の対談は4時間以上にもわたり、競馬について真摯に語り合うふたりの姿から“競馬は俺たちが背負っている”という気概が感じられたのは頼もしかった。紹介したいコメントは他にも山ほどあるのだが、それは執筆者に任せるべきもの。詳細については週刊競馬ブック12月24日発売号をご覧いただくこととして、最後に対談の前に撮った記念写真を貼付しておく。なお、この両騎手の爽やかな笑顔の写真はパソコンでしか見られないので携帯サイトを利用されている方には申し訳ないが、ものは考えよう。ふたりの後ろで笑みを浮かべる白髪頭の怪しげなオッサン(私)の顔を見なくて済むのは限りなくラッキーのはずである。
競馬ブック編集局員 村上和巳
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