・アポロドルチェ ・ウイントリガー ・エーシンフォワード ・キャプテントゥーレ ・サブジェクト ・スズジュピター ・スマートギャング ・ドリームシグナル ・フォーチュンワード ・ヤマニンキングリー ・レッツゴーキリシマ
某日某所。打ち合わせで関西在住の同世代(私が少し歳上)の作家Nさんとお会いした。まずは競馬についてじっくりと語り合いましょうということでスタートしたが、すぐに話が二転三転。気がつけば大幅に脱線して音楽談義に熱中していた。「ロックは好きなんです」とは言うものの音楽史にはそう精通していらっしゃらないNさんの質問が呼び水となって、ひさびさに私のマシンガントークが炸裂してしまった(汗)。
彼「ビートルズとローリングストーンズはどう違うんでしょうか」
私「ビートルズが基本的には健康的なバンドだったのに対してストーンズは不良っぽさや反体制的であることが売り。前者はロックンロールからスタートして世界のポピュラー音楽の流れを変化させ、音楽史を塗り替えるまでに進化した革新派。後者は黒人音楽をベースにした独自の音楽の世界を創り上げ、頑ななまでにそれを守り続けている保守派。端的にまとめるとこんな感じになるでしょう」
彼「当時のイギリスのバンドは売れてメジャーになるとその大半がアメリカへ渡っていましたけど、あれって、なにか理由があったんでしょうか」
私「第二次大戦終了後に相次いだ民族の独立と関連します。“わが大英帝国に日の沈むときなし”という言葉に象徴されるように、その昔、イギリス連邦には世界中に植民地がありました。しかし、独立運動が盛んになり各地の英国領が次々と独立するに至っては栄華を誇った大英帝国も衰退。財政が困窮してきたそんな時代に出現した外貨を潤沢に稼げるミュージシャンに対してイギリス政府は厳しく課税しました。それに反発した彼らがアメリカへ流れたのです。アメリカの方がマーケットとしては自由で魅力的だという背景もあったのでしょう」
更に黒人音楽の起源からはじまり、ブルース→リズム&ブルースへと変化する時代の流れを南北戦争を引用してくどくどと説明。延々と私のマシンガントークは続いた。しかし、ある瞬間になってやっと会話が本来のテーマから甚だしく逸脱していることに気づき、慌てて軌道修正したのだった。
彼「週刊競馬ブックに原稿をとのご依頼ですが、私にどんなものをお求めなのでしょうか」
私「現在、ネット上では競馬を扱ったブログが乱立して、レース予想や観戦記で溢れ返っていますが、あなたにお願いしたいのはそういう現実的なものではありません。ご存じと思いますが、1970年代前半には目の前にある競馬とは異なるもうひとつの世界がありました。当時は寺山修司をはじめとする競馬を愛する作家たちがマスコミに登場して独自の思想や競馬観を発信していました。彼らの文章に触れて競馬場に足を運ぶようになった人間も少なくないのです。ところが、最近は競馬の本質や魅力を表現できる人間が減っています。加えて、金を稼ぐだけの目的で競馬に首を突っ込んでスキャンダラスな記事を書いている人種も依然として存在します。このままでは競馬そのものが廃れるのではないかと危惧してます。馬券の当たり外れや馬の強い弱いだけで終わらず、競馬の奥深さや愉しさといったものをファンに伝えられる。そんなエッセイをお願いしたいのです」
この打ち合わせは4時間ほどかかって終了。翌日にお礼のメールを送ったところ下記の返事があった。
「ロックの話、よかったです。尊敬です。また色々教えて下さい」
返信メールは音楽の話ばかり。競馬の“競”の字もなかったのは不安だが、伝えるべき点は伝えたし、氏も宴会の達人ぶりを遺憾なく発揮していたので問題はなかったはずである。ただ、いつもながら酔いに任せて喋りすぎたこと、打ち合わせや対談の場をすぐ宴会に変えてしまう自分の性癖を反省した。なお、このN氏のエッセイ『理想と妄想』(タイトル考案者は水野隆弘)は週刊競馬ブック新年号から隔週掲載の予定。お楽しみに。
最後にお知らせをもうひとつ。今週からこの編集員通信の更新が水曜の午後(夕方あたり)に変更となりました。暇つぶしに読んでやろうという物好きな方がいらっしゃればご記憶ください。
競馬ブック編集局員 村上和巳