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5月19日、午後10時。一日の仕事を終えたことですっかり気が緩み、体内の隅々までしっかりとアルコールが回っている。いつもならここまで深酒せずにこの原稿を書くのだが、この1週間が多忙だったことに加えて、鬱陶しいことも幾つか重なったために疲労困憊。体力の衰えを実感している。そんな間の悪いときに限って登場するのが昔の同僚である松本晃実(通称テルちゃん)。「仕事ばかりしてないで、たまには息抜きしいや」という優しいメールとともに送られてきたのは1960年代後半から70年代に流行した懐メロの音源。つられてCCRの『雨をみたかい』やEAGLESヒットメドレーを聴いていると、ビール&焼酎グビグビはごく当然。郵便ポストみたいな顔になっていると、そのテルちゃんから電話がかかってきた。以下は中年オヤジ同士の世間話である。
「ところでさ、豊ってどうしちゃったんだよ。例年ならぶっちぎりでリーディングジョッキー部門のトップを突っ走ってるのに、今年は低迷してるよな。元競馬記者だったってのに最近はめったに競馬中継を見ない俺だから、さっぱり事情が判らないんだけど、アイツ、どっか具合でも悪いのか?そうじゃなかったら、今みたいな成績に甘んじてるわけないと思うんだけど、そのあたりはどうなんだ」
現場記者時代は武田作十郎厩舎(武豊騎手がデビュー時に所属していた)を担当したこともあり、デビュー時から武豊騎手をよく知っている松本晃実のこと。本音でストレートに自分の意見をぶつけてくる。
「今年は年頭から騎乗停止があって、いわばゲートで出遅れたようなもの。その分、有力馬が他の騎手に回ったこともあって、復帰してからは以前ほど騎乗馬の質も高くない。それに、アスリートなんだから体調のいいときもあれば悪いときもある。リズムを崩しているときだってあるだろう。たしかに、以前の“しなやかにして切れる”あの痺れるような騎乗ぶりがあまり見られない気もするが、過去にもそんな時期はあった。でも、ちゃんと乗り越えて軌道修正できるのが彼の凄いところ。大丈夫、そう心配することはないよ」
「ここ数年、アンカツや岩田に代表される地方の騎手が中央入りして水を得た魚のように活躍している。年間のレース数は変わらないんだから、彼らが勝つということは他の騎手の勝ち星が減るということでもあるもんな。彼らの存在が豊を脅かしているという声をよく聞くけど、やっぱりそうなんだろうな」
「腕達者な地方所属の騎手が賞金も注目度も高いJRAの舞台をめざすのはごく自然の成り行き。競馬関係者はもちろん、見守る側の我々だって馬の能力をフルに引き出せる騎手を求めている。彼らがルールに従って中央へ移籍するのはなにも問題ないこと。たとえ彼らの進出がJRA所属騎手を脅かすことになったとしても、プロスポーツの世界なんだから優勝劣敗は当然。各騎手がより切磋琢磨すればいいことだろ。でもな、テルちゃん。豊は別格だよ、別格。アンカツさんが移籍した年にJRA初の年間200勝を達成したように、厳しい状況になればなるほど才能を示すのが本来の彼。こんなこと、言わなくても昔から知ってることだろ。まだ老け込むような歳でもない豊なんだし、まあ、気がついたら指定席のトップの座に戻ってるよ、きっと」
安藤勝己騎手が「やっぱり凄い騎手」と称え、岩田康誠騎手は「あの人は次元が違う」と漏らす武豊。移籍者としての気遣いもそれなりにはあるのかもしれないが、ふたりのその言葉はストレートな本音に聞こえる。単にレースで活躍するだけでなく、馬を降りてからも常に競馬人気の復興について考え、依頼がある限り騎乗料の安い地方競馬参戦もいとわない武豊。そのひたむきな姿勢に競馬人として共鳴する部分があるのだろう。最近は私の周囲でも武豊騎手の成績が上がらない点について様々な憶測が乱れ飛んでいるが、有馬記念が行われる頃には「終わってみれば、やっぱり豊がトップだったな」とテルちゃんから電話がくることだろう。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP