・エーシンピーシー ・サンツェッペリン ・フェラーリピサ ・フライングアップル ・フリオーソ ・マイネルシーガル
・アイポッパー ・デルタブルース ・トウカイトリック ・ドリームパスポート ・マイソールサウンド
家を出てゆるやかな坂道を10分ほど歩くと地下鉄の駅。ポケットから定期を取り出して自動改札を通過。ホームに立つとほどなく電車がやってきて、乗り込んで数分で乗り換え駅に着く。改札を出ると地下通路の先にエスカレーターが続く。地上に出てJRに乗り換えたのが午前9時。時間帯が遅くめざす方角が都心とは反対方向のためか電車は混んでいない。空席に坐って外の風景を眺めるとちょっとした旅行者気分になれる。この歳になって初めて体験する電車通勤だが、なかなか新鮮である。
現場取材をしている頃は栗東以外に住むことなど考えられなかった。水木金土と日の出前にトレセン入りするのは当たり前。春夏秋冬を問わず起床時間は調教開始の1時間前で、真夏なら早朝3時台の後半、真冬でも5時台。“朝寝坊=取材者失格の使えん奴”というのが現場の常識だった。典型的な夜型人間で1分1秒でも長く寝ていたい私は毎朝目覚ましと格闘。とんでもない職業に就いてしまったと自分で自分を呪いつつ25年を過ごした。目覚めてトレセンに着いてからはごく普通の取材活動ができたが、家を出る寸前までは“使えん奴”だったのである。
内勤になって丸5年が経過。当初はよく早起きしてトレセンへ出かけた。馴染みの関係者とつるんだり好みの馬を見に行ったり。そんな気ままに過ごせる朝は楽しかったが、年齢を積み重ねるごとに早起きが億劫になってきた。業務の影響もあって夜型人間が完全復活。気持ちも体もついてこなくなったのだ。ただ体力が落ちただけでなく下腹部には中年オヤジらしくボッテリとした贅肉までついて、風呂に入って自分の裸でも見ようものならもう目を覆いたくなる状態。ダイエットをするなり運動をするなり対策を講じればいいのだが、生きて行く上でいちばん嫌いなのが我慢と努力。中年肥満を宿命として放置していた。
昨年暮れに引っ越しを決めた。調教を見に行かなくなった以上栗東に住み続ける理由がない。その一点だけで決断したのだから相変わらず単純にして軽薄な人生である。2月中旬にヘロヘロになりながら京都と滋賀の県境への引っ越しが完了。生まれて初めての電車通勤がスタートした。栗東市にある我が編集局までの通勤時間は地下鉄、JRを乗り継いで約50分。歩く時間は15分ほどだが、乗り換えのためにアップダウンのきつい階段が数ヶ所あって考えていた以上に運動量が多い。1週間ほどはコズんで歩様に硬さが目立ったが、いまでは階段を軽快なステップで駆け上がれる。それだけではない。3週間にして下腹部のかなりの贅肉が取れたのである。素晴らしい通勤効果だと一旦は感激したが、考えてみればいままでの生活が極度に運動不足だっただけのことなのだろう。
栗東に住んでいるときは外出して近辺を徘徊すると騎手、調教助手、厩務員といった関係者とよく出会った。時として流れで宴会になることさえあった。ところが、引っ越してからは知人と顔を合わせることがまったくない。静かすぎて少々物足りないが、仕事とオフの区切りがつけられるという意味ではいいことかもしれない。半年有効の定期を買った途端に落としたり(隣の乗客が拾ってくれて大事には至らず)、酔って帰りの電車内で爆睡してしまったりと相変わらずの危なっかしい日常だが、最近は“ICOCA”片手に颯爽と電車通勤をしている。
トレセンで馬の匂いを嗅げなくなった以上、生で馬に接するにはもう競馬場に行くしかなくなった。仕事上、日曜日は無理でも単独開催時の土曜日なら週によってはなんとか時間を作れそうだ。競馬場に行くとなるとまずは先立つものが必要だが、馬券さえビシビシ当てれば問題はなにもない。よ〜し、これからの週末は電車で居眠りなんかせず、穴があくほど競馬新聞を読んでやるぞ。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP