・ウオッカ ・ダイワスカーレット ・タガノグラマラス ・バクシンヒロイン ・ルミナスハーバー ・ローブデコルテ
・アドマイヤオーラ ・サムライタイガース ・タスカータソルテ ・ドリームジャーニー ・メイショウレガーロ ・モチ
車が名神高速道路から中国道に入ると左手に万博公園が広がり右手にはモノレール。そんな懐かしい風景が視界に飛び込んでくる。もうすぐ阪神競馬場に到着するのだと思うと気持ちが弾む。私が最後に阪神競馬場に行ったのは2001年の暮れの開催。つまり、あれからもう5年の月日が流れたことになる。翌2002年からは内勤としてデスクワークに専念することになり、めったに競馬場には行けなくなった。車を飛ばせば30分ほどで行ける京都には年に一度ぐらいの割り合いで顔を出しているが、時間のかかる阪神へはなかなか行く機会がないまま現在に至っていた。ところが今回はいくつかの用件が重なり、急きょ阪神競馬場へ遠征することになったのである。 駐車場から真っ先に向かったのは検量室。昔なら目をつぶってでも行けた場所だというのに、入り組んだ通路がまるで迷路のように思えてさっぱり方角が判らない。やむなくJRA関係者と思われる人物に道筋を聞いてなんとか目的地にたどり着けた。検量室の出入り口で知人を探しているとあるジョッキーと視線が合った。こちらを見直して「コニチワ」とひと声かけて前を通り過ぎて行く。その表情から“見たことある顔だけど、いったい誰だったかな……、まあ、軽く挨拶だけしておくか”という心理が読み取れたのはオリビエ・ペリエ騎手。相変わらず憎めないキャラである。 検量室前で馴染みの騎手たちと軽く挨拶を交わしつつ手短に最初の用件を済ませると次はエレベーターに飛び乗って6階へ。このフロアにはJRA広報室、専門紙記者席、日刊紙記者席、放送記者席などがあり、そのなかのひとつのブースに顔を出して第二の用件を片付ける。そうこうしているうちに10レースに出走する馬たちがパドックに登場してきた。競馬場に着いたのが12時を回った頃だったから瞬く間に2時間半が過ぎてしまったことになる。さあ、ここからは馬券タイムに突入だ。 記者席で栗東の会社からFAXで送られてきた週報のゲラに目を通しつつカレーを食べ、各馬が本馬場へ入ってくると外へ出て返し馬のチェック。四肢を大きく伸ばした軽やかなフットワークのマキハタサイボーグの気配の良さに飛びついたが、結果は直線で伸び切れずに4着。馬券が外れた途端にゴンドラに吹き荒れる風の冷たさが身に沁みるが、こんなことで怯んではいられない。タフじゃないことには競馬記者は務まらないのだ。幸い、11レースの安い3連単と12レースの比較的堅い馬連を仕留めて珍しくも馬券はプラスになった。こうなるといつもははしゃいで饒舌になるのだが、今日はとてもそんな気持ちにはなれなかった。最終レース終了後のイベントのことが気にかかっていた。この日の第三の用件は常石騎手の引退式に立ち会うことだった。 「ファンの皆様の声援があって(復帰に向けて)ここまで頑張ってきましたが、ドクターストップがかかり、(残念ながら)騎手を引退することになりました。本日、引退式をしていただけるのは、同期のジョッキーや関係者の皆さんのおかげです。今後は第二の人生で何をやっていくのかを探していく日々ですが、これまで2回も大きな落馬事故にあったにもかかわらず、ここまで動けるようになったのはラッキーだと思っています。これからは生きるということの素晴らしさや競馬の魅力を皆様に伝えていきたいと考えています。皆さん、本当にありがとうございました」 しっかりと前を見据えてひと言ひと言をきちんと伝えた常石騎手。無念さが伝わってくるその挨拶には聞いていて切なさがこみ上げてきたが、最後の檜舞台だからと文章を紙に書いて何度も何度も練習したという話はいかにも頑張り屋さんの彼らしい。第二の人生が想像以上に過酷なものになるのは間違いないだろうが、落馬事故で二度も生死の境を彷徨いながら見事に甦った不屈の精神力を持つ君のこと。引退式の言葉通り「生きるということの素晴らしさや競馬の魅力」を今後の人生で表現してくれることだろう。いい挨拶だったぞ、ツネ。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP