・アドマイヤフジ ・グラスポジション ・セレスステーラー ・チャクラ ・トウカイトリック ・バイロイト ・ラヴァリージェニオ
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「私、○○編集部のAと申しますが、村上さんでしょうか。実は原稿依頼ということでお電話させていただきました。当誌では皆さんに思い出の馬券について書いていただいておりまして……」
読者の方からの問い合わせや相談の電話は頻繁にあり、会ったことのないライターさんや競馬関係者の方と電話で打ち合わせるのも珍しくはない。だから見知らぬ相手からの電話にも戸惑うことはないが、この日のAさんにはいきなり一本取られた。「どなたかの紹介ですか?」と尋ねたところ「ネットの編集員通信をいつも拝見してまして」との返答。続けて「外れた話が多いのですが、できれば的中した話を。その点は大丈夫でしょうか」と切り込んでくる。「いや、獲った当たったの自慢話は好きではないのであんな風に書いているのですが」と説明したが、考えてみるとこの1カ月ほどはまともに馬券が当たった記憶がない。なのに安易に依頼を受けてしまった私。果たしてきちんとした原稿を書けるものかどうか。
「久しぶりですね。そういえば以前に書いてた“赤いフンドシ”、あの原稿よかったですね。俺、好きですよあの感じ。いかにも現場ならではという内容で、一般人にとってはすごく新鮮。ついつい文章に引き込まれました。ん……、だから“赤いフンドシ”ってタイトルですよ、フンドシ。去年のいま頃書いていたんじゃないかな。えっ、間違ってる?鼻血の話ですよ、馬の鼻出血。フンドシじゃなくてバスタオル?そうでしたっけ」
これは馴染みのライターB君からの電話。以前に書いた私の原稿を誉めてくれているようなのだが、タイトルの“赤いバスタオル”が“赤いフンドシ”になってしまっていては、たとえ誉められても書き手としてはなかなか素直に喜べないものだ。まあ、自分が書いたものに対して反応があったということで満足しようと自分に言い聞かせてはいるが、“村上=フンドシ”のイメージなのかと悩んでしまう。
「いいか、先頭の乗り役は馬が下駄をはかないかどうか。それだけは十分に注意して。2番手以降の馬は先頭を歩く馬の足跡に合わせて同じ完歩で歩かせれば問題ない。これぐらいの雪で乗るのをやめていては馬に本当の力がつかん。だいたい、競走馬ってのは寒冷地で生きてる動物なんだから本来は寒さには強いもの。人間が基本的なケアさえきちんとしてやれば、雪なんて全然怖くない」
ひと言ひと言を正確には再現できていないが、これは故戸山為夫調教師の発言。突然の雪で栗東トレセンが真っ白になったある年の冬の話である。他の厩舎が運動を見合わせている時間帯に戸山厩舎の馬だけが堂々と馬場入りした。もちろん同師は号令をかけるだけでなく、率先して馬道の除雪作業を行ったのはいうまでもない。以前にも書いたと思うが、“下駄をはく”とは蹄鉄の底に雪が詰まって歩くバランスが崩れる状態をいう。この日、戸山厩舎の馬は次々と無人の馬場でトレーニングを済ませた。その様子を確認した段階で、他の厩舎の馬も少しずつ馬場入りするようになったのだが、何事にも革新的で情熱的な戸山調教師らしい行動だった。
「我々は鍛えて強い馬を作るのが使命。マスコミはその馬の強さや魅力を活字できちんとファンに伝えるのが仕事。我々とあなたたちが力を合わせてこそファンに競馬の素晴らしさが伝えられるもの。我々は日々努力を続けています。マスコミの皆さんも目的意識を持って取材、報道に励んでください」
これも我々マスコミに対して戸山調教師がよく話した言葉。2月2日(金)の栗東は早朝から雪。一面が真っ白な景色を見て久しぶりに戸山さんを思い出した。理論家だった彼が私のこの原稿を読んだとしたら「しっかり勉強し直して、もっと学術的な原稿を書きなさい」と叱られるかもしれない。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP