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「追い切りの合い間に時間があるときは馴染みの厩舎の大仲でコーヒーを飲ませてもらったりしてくつろいでいることが多いですね。あまり調教スタンドには行きません。行ったら行ったでいろいろ取材されますし、そういうのって、どちらかというと苦手なもので……」
JRAを代表する人気ジョッキーのひとりだというのにこのコメントである。追い日と呼ばれる水、木の朝は馬の背に跨って調教をつけるのも騎手の仕事なのだが、その調教の合い間に騎手専用の控え室がある調教スタンドにはあまり顔を出すことがないという。もし、彼が控え室に坐ってひとりでコーヒーを飲んでいたりすると取材陣が殺到して質問攻めとなるのは間違いない。そんな日々の喧騒を避けるために気心の知れた厩舎の大仲部屋でひっそり休憩しているというのだ。こんなトップジョッキーも珍しい。
「中央のジョッキーは公私ともに華やかで派手で……。僕なんかは戸惑うことばかりです。付き合いで飲みに行くこともありますが、競馬が終わった日曜日の夜なんかは寄り道せず家に帰ります」
童顔で物静かななかに茫洋とした雰囲気を漂わす彼。相手を真っ直ぐに見据えて話を聞くが、質問に対しては伏目がちになりながらゆっくりと時間を取り、ひとつひとつ考えながら絞り出すようにして言葉をつなぐ。私と馴染みがないために慎重に対応していることもあるのだろうが、その態度からは誠実さが伝わってくる。
「これまでにもレース後に泣いたことがあったかという質問ですか?結構泣いていますよ。ただ、自分自身が嬉しくてたまらないというよりは、厩務員さんやスタッフのみんなが感激してくれて、そんな様子を見ているうちに引き込まれて泣いてしまう。そんな感じの涙が多いですね」
メルボルンカップ優勝の直後に泣いている映像を見たのでそれほど感激が大きかったのかと質問してみると上記のような言葉が返ってきた。感情にまかせてストレートに喜怒哀楽を表現するというよりはいろんな感情をいったん全身で受け止めて、それから自分を表現する。そんな種類の人間のようだ。自分自身の嬉しさよりも周囲の人間が感激している様子に引き込まれて泣いてしまうという話は素直に聞くことができた。きちんとした人間関係が構築され、信頼関係が成立しているからこそ感激を共有できるのだろう。
「豊さん(武豊騎手)はまるで別格の存在ですし、安藤さん(安藤勝己騎手)も凄い人だなあって思っています。ああいった人たちを見ていると、(たくさん勝っていると言われても)僕なんかはまだまだ足元にも及ばない存在だなって思っています。ホント、まだまだですよ」
先日、岩田康誠騎手と話す機会があった。会話をはじめた頃は噂通り寡黙で感情の起伏の少ないタイプのように映ったが、節目、節目で発する言葉は意外なほど力強く、内在する意志の強さが伝わってきた。個人的な印象ながら、初めて彼の存在を知った6、7年前は“力”で馬を御す騎手だなと思った。馬を動かす才能は傑出していても、まだまだ粗削りな面が目立っていたから。しかし、ここ数年の騎乗内容、そして今年のJRAでの活躍ぶりを見ていると“力”だけでなく“技”も兼備して確実に進化している。
中央入りして環境の変化に戸惑い、周囲に気を配りつつ過ごしてきたこの9カ月。それでいて11月26日終了時点で115勝(JRA)を積み重ねているのだから馬乗りとしての岩田騎手がいかに非凡かが判る。来年のいま頃には武豊騎手と熾烈なリーディングジョッキー争いを繰り広げる。そんなシーンを期待したいものである。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP