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7月29日、土曜日。午後2時すぎに会社を抜け出して駐車場へ。霧雨が降ってはいても空は明るい。これなら傘は必要ないと判断して車に乗り込む。競馬開催日のこんな時間に外出するのは記憶にないことで、一種奇妙な開放感がある。5分ほど車を走らせたところでふと思いついてラジオのスイッチを入れると競馬中継が流れてくる。司会のアナウンサー、アシスタントの女性、合間に流れてくるCMまで懐かしい。私が現場にいた頃に出させていただいていた競馬番組である。熱中して聴いているうちにアッという間にトレセンへ到着。
倉見門でガードマンに通行証を見せて中に入り、そこからは厩舎へ直行する。この頃には雨も上がってすっかり涼しくなっている。予定していた時間よりも20分近くも前に目的地に到着。すぐに馬房には押しかけずに遠巻きに様子を見守ると、厩舎内には2、3人のスタッフが動き回っているだけで空の馬房が目立つ。夏場の開催日とあって北海道や小倉へ遠征している組が多く、馬も人も分散しているのだ。取材の約束をしていた池江敏行調教助手の動きがゆるやかになった頃を見計らって声をかける。
村上 「こんにちは、市川さんはもう一頭の担当馬サイレントディールを連れて小倉へ行ってるんですね」 池江 「ああ、いらっしゃい。そうなんですよ。それでおれが代役をしているというわけ」
村上 「久しぶりだな、顔見るの。元気そうですね」 池江 「元気は元気ですよ。でも、おれが臨時で世話をすると、なめてちょっかいを出してくる。いたずら心があるんですよ。だからキツく叱っておいたんですよ、さっき(苦笑)」
10カ月ぶりに間近で見たディープインパクトは別馬のような雰囲気になっていた。昨年秋に取材にきたときは市川厩務員が「お坊ちゃま」と呼ぶようなあどけない少年の面影があったものだが、4歳の夏を迎えてキリッとした精悍な大人の表情に変わっていた。どちらかというと良血の優等生といったイメージを持たれがちな馬だが、「なめてちょっかいを出してくる」という話にもあるように、実は結構やんちゃな一面もある。馬と人間との間には圧倒的な体力差があるのは当然で、馬自身が軽い気持ちでじゃれたり甘えたりしても、それが原因で厩務員が怪我をすることも決して珍しくはない。だからこそ叱るときは厳しく叱るということも必要なのだ。叱られたときの様子がどんなものだったのか興味本位に想像しながら鼻前で観察していると、こちらを一瞥しただけで私になんの関心も示さずカイバを食べ続けていたディープ。その姿から注目されることに慣れている日常が伝わってきた。
村上 「8月に入ったら、いよいよフランス遠征ですね。これだけ注目され続け、勝つことを義務付けられているともいえる馬を仕上げるプレッシャーは想像を絶すると思うんですが、そのあたりは」 池江 「三冠を達成するまではたしかにキツかったけど、今はもう慣れましたね。というか、ある程度慣れないことにはやっていけないところもありますからね」
村上 「大変でしょうけれども、他の人は望んでもまずは実現できない素晴らしい体験でもあります」 池江 「そうですね。菊花賞を勝ったときに藤沢和雄調教師に声をかけていただきました。“調教助手として無敗の三冠馬をつくったのは私と君だけだぞ”って。あの先生もシンボリルドルフで三冠(1984年)を達成していますからね。プレッシャーはきつくても充実感はあります」
村上 「フランス入りしてからは何度か電話取材でお騒がせするかと思いますが、よろしくお願いします。そして、日本の夢が、あなたの夢が叶えられるように心から祈っています」 池江 「状態面についてはなにひとつ心配がありませんから、ここまできたら早く向こうへ行きたいというのがいまの偽らざる心境。なんとかいい結果を出したいですね」
キングジョージ6世&クイーンエリザベスSに挑戦した日本のハーツクライは3着に敗れた。「惜しいレースだったと言われても負けは負け。この借りはディープインパクトに返してもらいたい」と口惜しそうに話していた橋口調教師だが、その言葉は日本の競馬ファンの声を代弁しているものだったとも言えそうだ。凱旋門賞まであと2カ月。ディープインパクトが秋のロンシャン競馬場でどんなパフォーマンスを演じるのか。そして、池江敏行調教助手の戦いの日々はまだまだ続く。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP