・カイトヒルウインド ・シルヴァーゼット ・ステンカラージン ・メイショウバトラー ・リミットレスビッド
・カナハラドラゴン ・グラスボンバー ・コンゴウリキシオー ・サザンツイスター ・トウショウナイト ・メイショウカイドウ
阪急十三駅で電車を降り、どこにでもあるような猥雑なネオン街を通り抜けて西に向かって歩くこと七、八分。意外に早く目的地にたどり着けた。入り口のドアをあけるとすぐ目の前にまたドアがある。内部の音が外に漏れないような構造になっている音楽関係の店でよく見られる二重ドアである。その雰囲気が妙に懐しくて弾んだ気持ちで二枚目のドアをあける。すると目の前に受け付けがあって、そこで前売りチケットを渡すと左手の甲に蛍光スタンプを押される。出入りする際の目印にするためなのだが、昔の競馬場の指定席を連想して思わず笑ってしまう。この段階で入場手続きは無事に完了。
人間の姿がおぼろげにしか確認できない暗い店内をゆっくりと奥へ進むとうなぎの寝床のようなカウンターが目の前に広がる。左端から二番目の椅子に腰掛けてポケットから出したしわくちゃの千円札を軽くのばしつつ突き出し「ジャックダニエルを炭酸で割って」とひと言声をかける。なかのバーテンダーらしき長髪の若者が黙って頷き百円硬貨二枚を私の目の前に置く。そうこうしているうちに場内が騒然としてくる。いよいよライヴがはじまるようだ。 甘ったるいチョコレートみたいな顔をした女性ヴォーカルがオープニングで熱唱してその後も数組のバンドが次々に登場。それぞれ精一杯熱演しているが、まだまだ気持ちばかりが先行していてヴォーカルはキーを外しまくり、ギターとドラムは息が合わずに空回り。“う〜ん、デビューしたばかりの2歳馬みたいだな”と独り言を呟きながら二杯目のバーボンソーダを注文する。
暗闇に目が慣れてくると店内にTシャツ姿のPA屋N、髭面のプロフェッサーTといった顔馴染み連中の姿がある。どちらも私が怪しげなROCK喫茶Gの店主兼使用人だった頃の常連である。私が今夜このライヴハウスにやってきたのはK&HBというR&Bバンドが出演するという情報を聞きつけたからだが、このバンドのヴォーカル担当のH、ドラム担当のKもその店の常連だった。自分たちの居場所がみつからず一日中店にたむろして時間を潰していた若者たちと、何の展望もないまま日々を音楽と競馬に耽溺していた私。それぞれが似たもの同士だった。
三杯目の酒を飲み終えた頃に店内の空気が一変。ステージ上でK&HBの演奏がはじまった。それまでの2歳戦から古馬の上級条件に替わったようなその音楽レベルの差に一瞬戸惑ったが、彼らのバンドは昔から実力派として定評があったのを思い出す。若い頃は豊富な声量と溢れんばかりの精力を生かしたソウルフルな歌声が売り物だったH。そんな彼がすっかり円熟した深みのあるヴォーカリストに変身しているのには驚いた。そして圧巻だったのはK。若者の頃からジャンル不問のオールラウンダーだったが、難解な変拍子をいとも完璧に刻みつつ決めるべきところは圧倒的にパワフルに決める。そのステッキワークは50歳になったいまも健在。それからは時間の経過を忘れた。ライヴ終了後に出会ったKはきょとんとしていた。私が誰なのかまったく判らなかったのだ。
「30年ぶりだな、K。誰か判るか?」 「…………(沈黙すること数十秒)、ひょっとしたら……○○ちゃん(当時の私の愛称)?」
それから我々はしっかりと抱擁した。男性相手に本気で抱き合ったのはいつ以来かとあとになって考えたところ、20年ほど前の東京競馬場での出来事が甦った。ダービーの後検量が終了した瞬間にひとりの騎手が私に抱きついてきたときの記憶が。惜敗した彼はその無念を無言で私に表現したのだ。私は黙って相手の両肩を抱き締めた。周囲の人間は呆気にとられていたが、あのときの我々に言葉は不要だった。そしてこの夜の我々も黙って抱き合った。
ライヴの余韻に浸りながら栗東へ帰るJRの車中でふと気づいた。今年はまだ一度も競馬場へ行っていないことを。年々現場と疎遠になるのは立場上仕方ないが、せめて年二、三回はライヴに参加して現場の空気を吸うことも必要である。上半期のG1がすべて終了してひと区切りついたことでもあり、この夏ぐらいは現場へ出かけようと決心した。よ〜し、待ってろよ、小倉競馬場。
例によって好き勝手なことを書き殴ってしまったので、最後に競馬コラムらしいクイズ(?)を。7月3日発売号の週刊競馬ブックは宝塚記念のレース写真が表紙になっていて、泥まみれになって抜け出したディープインパクトの腰の上あたりに正体不明の小さな物体が映っている。これはなんだろうというのが問題。
A ディープインパクトを恋い慕う揚羽蝶 B 翼(極秘情報だが、ディープの背には翼がある!?) C 武豊騎手が使用していたゴーグルのひとつ
正解は来週のこのコラムで……なんて1週間後まで引っ張らなくても誰でも判るよな。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP