・チアフルスマイル ・ヤマニンアラバスタ ・ウイングレット ・レクレドール ・ヤマニンシュクル ・メイショウオスカル ・ディアデラノビア
・セントルイスガール ・ダイワパッション ・エイシンアモーレ ・テイエムヒスイ ・アルーリングボイス ・サンヴィクトワール
3月4日、土曜日。目覚ましのベルの音で渋々ベッドから抜け出し、朦朧とした意識のまま朝刊の大見出しを眺めていると“ブルブルブル”と携帯電話が反応した。おもむろに手に取って確認すると厩舎取材班のひとりからメールが届いている。早朝のこの時間帯に現場から連絡が入るということは少なくとも歓迎すべきことでないのは明らか。朝一番から嫌な予感に襲われる。 「阪神日曜9Rに出走予定のミヤジヒートが取り消すことになりました。引き続き取材中ですが、有力馬なので、原稿等の処理をよろしくお願いします」 メールに目を通すまでは普段通りホゲ〜ッとして緩慢な行動を繰り返していた私。幾つになっても朝は苦手である。しかし、雪割草特別のミヤジヒートが取り消すとなると話は別。すぐに本紙担当者と連絡を取りつつ数種類の原稿に手を加えなくてはいけない。それからは別人のようにスピーディーにして切れのある動きに豹変。瞬時に朝食を済ませて出社準備完了。いつもよりもかなり早めに家を出た。やればできるのだが、めったにやる気にならない私。それが問題なのかもしれない。 出社してからは予想の変更を確認して原稿を書き直し、並行して普段通りの仕事もなんとか無事に片付けられた。ひと息つこうと左手に煙草と週報、右手にコーヒーカップと新聞のゲラと赤ペンを持って喫煙室に向かおうとしたところでポケットの携帯電話が“ブルブルブル”。慌てて左手の煙草と週報を手放して電話に出ようとしたところ「村上さん、○○さんから電話が入ってま〜す」と若手社員から声がかかる。携帯電話と社内電話に同時に出る破目となって頭の中はもう大混乱。 「ああ、○○さん、はい、その原稿の件でしたら……、ちょっとお待ちください。おう××か、なに?中京4レースの△△が出走取り消すって?あれは本紙の対抗だぞ、よし判った。ご苦労さん。はい、大変お待たせしました○○さん、え〜と、対抗じゃなくて、なんの話でしたっけ……」 そんなこんなでなんとか電話の応対が済み、中京版の新聞作成班に4レースの対抗馬の取り消しを伝えて処理を確認。自分のデスクに坐ると今度は関東編集からパソコンにメールが届いている。そのメールを開いていると今度は携帯にもメールが届く。順を追って処理していく過程でまたしても次々と続く電話&メール攻勢。完全にパニクってしまって誰が相手でなにがテーマなのかさっぱり判らないまま応対を続ける。 「先日話があった四季報・春号の件についてですが……」 「来週の中山牝馬Sの想定変更があります。それで……」 「ディープインパクトが出る阪神大賞典の週ですが……」 「日曜版の談話を一部書き直して欲しいんで今から……」 「新聞のレイティングに対して読者から質問があり……」 日曜版の出馬発表が10時すぎに終了。ひと区切りついた段階でふと気づいた。煙草がない。コーヒーカップもない。週報もなければ使い慣れた赤ペンもない。やむなく、過去1時間ほどの自分の行動を思い起こしつつ順路をたどって各部署を徘徊。煙草は編集部T女史の机の端に、コーヒーカップは業務部のファックスの横に、そして週報と赤ペンは総務部のカウンターの上にそのまま放置してあった。周囲に間抜けな自分を悟られまいと限りなく地味な回収活動を行ったが、ある人物に「なにか捜しものですか?」と声をかけられた。「いや、まあ、ダブル開催になるとみんな多忙だろうと思って様子を見にきた」とその場を取り繕ったつもりだが、両手には持ち切れぬほどの小物が。話の辻褄が合わないのは明白だった。 結局この日は午後になっても喧騒が続いた。3時を回った頃にもパソコンに問い合わせメールの3連発。返事に没頭していてチューリップ賞の馬券を完璧に買い忘れてしまった。普段はまず当たらない私の予想がこんなときに限って的中するのだから皮肉である。“まあ仕事あってこその私”そう自分自身に言い聞かせて涙をこらえたが、嗚呼……。それにしても馴染みの山口慶次厩務員の担当馬は強かった。桜花賞の主役決定である。本番こそ忘れずに馬券を買うから、しっかり仕上げてや、慶次。長々と続いている泥沼の困窮生活から私を救ってくれるのは、もう君しかいないんだから。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP