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2月15日、水曜日。午前6時28分にトレセンへ到着。厩舎を取り囲むようにして広がる馬道には一番乗りで馬場入りする馬たちがウォーミングアップをはじめている。気温は5度。この時間帯にしてはかなり暖かくて風もほとんどない。例によって地下道を通り抜けて坂路下の駐車場まで進みそこで車を止める。坂路コースの正面にある調教スタンドに向かってゆっくり歩いて行くと逍遥馬道の手前にある角馬場のあたりからなんともおもしろい会話が耳に飛び込んできた。
「皆さん、オハヨゴザイマス」「ボンジュール、オリビエ」
朝一番に顔を合わせたオリビエ・ペリエ騎手と日本の馬乗りたちが馬の背で挨拶を交わしているのだ。早春と晩秋に見られるのどかで楽しい風景だ。こんな場面を見せつけられると黙って横を通り過ぎることができない私ではあるが、なんとか我慢して「楕円形なのに角馬場とはこれいかに」と独り言を呟きながら真っすぐに4階の記者席に向かった。これからが一日のスタート。朝一番から関係者に突っ込みを入れていてはお互いに仕事にならない。沈黙が必要な時間帯もあるのだ。
6時30分頃にカネヒキリが登場。角馬場で体をほぐし終えたところで武豊騎手に乗り替わり逍遥馬道からトラックへと向かう。いよいよフェブラリーSの最終追い切りがはじまるのだ。それと前後する形で一番乗りの組が姿を現す。そんななかで真っ先に目についたのが昨年の最優秀2歳牝馬テイエムプリキュア。そう緩んだ感じもなく元気いっぱいのフットワークで坂を駆け上がってくる。他にもクラシックをめざす若駒たちが次々と姿を現す。桜花賞、皐月賞まであと1カ月少々。それぞれの馬たちが希望に胸をふくらませる早春のこの時期。見守る側にとっても夢があって楽しい季節である。
調教開始から1時間後に坂路から本日の目的地ハ―15棟に移動した。私が厩舎取材をしていた頃に担当していた松田博資厩舎がそこにある。調教師は不在だったが、数人のスタッフに軽く挨拶をして馬房をのぞくと、まずはきさらぎ賞を勝ったドリームパスポートがいて若葉Sで皐月賞の権利奪取をめざす良血キャプテンベガもいる。そして、その横では知る人ぞ知る1勝馬アドマイヤキッスが飼い葉を食んでいる。これだけでも壮観だが、更にその奥に進むと共同通信杯を勝ったアドマイヤムーンとエルフィンSを制したサンヴィクトワールが隣同士で馬房から顔を出してこちらを見ている。この2頭を担当している馬場政信調教助手に会うのがこの朝の目的。久しぶりに彼の顔を見たくなったのだ。
馬場 「おやおや、珍しい顔やな。取材やったらテキにしてくれって言うんやけど、どうせまた冷やかしかなんかで俺をいじめにきただけなんやろ?」 私 「なに言うてんの。1週間で重賞とオープン特別の両方勝った欲張りで贅沢な人間がいるって聞いて顔見にきただけ。あんまりひとりで稼いだら世間に嫌われるで」 馬場 「やっぱり冷やかしやな。まあ、長くこの仕事してたらたまにはこんなこともあるやろ。俺の顔見ててもおもろないから、暇つぶしに馬でも見ていき」 私 「左がムーンでその右にいるのがヴィクトワールやね」 馬場 「その通り。やっと馬の違いが判るようになったみたいやな」 私 「額と鼻先が白いのがヴィクトワールで、そうじゃないのがムーン。昔から馬場ちゃんに馬を見る目がないっていじめられてたから、昨日寝る前に写真見て覚えた(笑)」 馬場 「な〜んや、そうやったんか。せっかく誉めてやろうかと思ったのに(笑)」
一頭に飼い葉をつけ終わると次には残る一頭をブラッシング。その合い間に馬房を掃除しつつ私の質問攻めにも嫌な顔ひとつせず答えてくれる。最初に取材したときの印象は職人肌で寡黙。コメントを引き出すのにかなり苦労した。あれから十数年が経過して、いまでは冗談のキャッチボールだけでなんとなく気持ちが通じ合うようになっているから不思議である。下乗り(騎手見習い)として競馬の世界に入って40年になるという彼だが、手際のいい仕事ぶりと精力的に動き回るその姿は実際の年齢よりもはるかに若く見える。担当する馬が次々に結果を出しているのはいまも昔も変わらない。
落ち着き払っていて雰囲気のあるアドマイヤムーンといかにも牝馬らしく繊細そうなサンヴィクトワール。桜花賞と皐月賞が終わった段階でまたハ―15棟にやってこようと思っているが、再会したときにかける言葉が「おめでとう」なのか「お疲れさん」になるのかは判らない。結果はどうあれ「長くこの仕事をしてたらこんなこともあるやろ」と馬場ちゃんがいつもの台詞を口にするのは間違いなさそうだ。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP