コーナーTOP
CONTENTS
PHOTOパドック
ニュースぷらざ

1週間分の競馬ニュースをピックアップ

編集員通信
競馬ブック編集員が気になる事柄にコメント
ガッツポーズ






 

◆“ガッツポーズ”

  私が初めて出入りした30年ほど前の競馬場は見るからに鉄火場といった感じで、危ない雰囲気に満ちていた。入場の際にはある程度の決心が必要だったのを覚えている。時代の推移といえばそれまでだが、最近の競馬場はコンサート会場のような華やかな舞台になってきた。若い女性が増えて黄色い歓声さえも珍しくない。G1が行われる日などは尚更その傾向が強く、古い競馬ファンにとっては隔世の感がある。勝った馬が1頭だけでスタンドに向けて凱旋するウィニングランはG1レースでしか見られないが、騎手のガッツポーズなどは普段から頻繁に目にするようになった。これも、そんな時代の変化を物語っているのだろう。

 最近の若い競馬ファンにはあまり知られていないかもしれないが、ガッツポーズがはやりだした頃、それによって東西で何度かアクシデントが発生した。感極まった騎手が馬の背でガッツポーズをしたところ、乗り手に急に立ち上がられた馬がバランスを崩して脚をひねってしまったのだ。捻挫で済んだ馬もいたが、骨折して再起不能(100%ガッツポーズが原因とは断定はできないが)になった馬もいた。最近は馬に負担をかけないようにとの配慮から一瞬のさりげないガッツポーズが多くなっているが、競馬はあくまでサラブレッドが主役。当然のことだと思う。いまの時代にガッツポーズそのものを否定する気はないが、やるからには馬に優しく、そして格好よく決めて欲しいものである。

 私がいままでに見たガッツポーズのなかで記憶に残ったものをひとつだけ紹介するとしたら、1984年の桜花賞を選ぶことになる。この年、ダイアナソロン号で桜花賞を制した騎手は、ゴールした瞬間に力んで拳を振り上げるような乱暴なことはせず、ゆっくりと馬を減速させてからおもむろに右手を上げた。指先まで真っ直ぐに伸ばして。更に数完歩進んだ段階でその右手を下ろすと、阪神の1コーナーにさしかかる地点では左手を翼のように横に流した。そして人馬はどよめきの残るスタンドを背にしたまま、静かに駆け抜けて行ったのだった。その騎手はレースが終わってからも自分の背中を追い続ける視線に対してだけ喜びを伝えようとしていた。その動作には馬へのいたわりと抑制された喜びが秘められており、見守る側になにひとつ押しつけを感じさせない美しいものだった。

 あのガッツポーズはいまでも克明に記憶に残っている。興味のある方は古いVTRをさがしてぜひ一度ご覧いただきたい


競馬ブック編集局員 村上和巳


copyright (C)NEC Interchannel,Ltd./ケイバブック1997-2003