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最近になって、ある曲をよく耳にするようになった。1700年代に誕生した『Amazing
Grace』という黒人霊歌で、高校生だったころにこの曲と出逢った私は、独特の音階と耳障りのよさが気に入ってすぐに覚えてしまった。個人的にはジャンルを超えた名曲だと思っている。奴隷船の乗組員がのちに牧師となり、奴隷制度反対運動に大きな影響を与えるまでになった人物のストーリーが歌詞となっており、人種を問わずにいろんな歌い手が持ち歌にしている。そんな曲だから思い入れもひとしおである。
だのに、会社の喫煙室(チェーンスモーカーの私はこの部屋の主でもある)にいると、♪but now‥I see〜♪なんて口ずさんで通り過ぎる人物がいたり、駅のホームで電車を待っていると、♪ルルルゥ〜ルルルルゥ〜♪なんてあの独特のメロディーが酔っぱらいの鼻歌として耳に流れてくる。それも、見るからに黒人音楽とは無縁と思える人々ばかり。本来なら曲の素晴らしさが時を超えて多くの人間に受け入れられたと喜ぶべきだろうが、狭量がゆえに自分だけのものとしておきたい私には少々寂しい出来事だった。後日になってこの『Amazing
Grace』が医学界を舞台にしたテレビドラマの挿入歌になっていると聞き、納得した。
「年寄りの競馬ファンにはテンポイント党が多いけど、あれは単なる感傷。悲劇の死があの馬を偶像化しただけ」「そやな、あの馬は皐月賞、ダービー、菊花賞とクラシックのタイトルをなにひとつ獲ってへんもんな」―これは数年前にある居酒屋で耳にした競馬好きの若者たちの会話。隣で郵便ポストみたいになって出来上がっていた私は「華奢だったテンポイントが古馬になって50キロ近くも馬体が増え、別馬のように逞しく成長した。そのことを君たちは知っているのか?東高西低のあの時代に生まれた関西馬の立場はというと‥‥」と例によって口が一人歩き。気がつけば若者たちの競馬談義に図々しく参加して延々と持論を語っていた。こんなときはテンポイントを私たちの世代だけの名馬としてそっとしておきたいなんて考えもしないのだから勝手である。歳をとっても惚れっぽくてこだわりが多い性格は変わりようがない。
最近になって『I was born to love you』という曲もよく耳にするようになった。1970年代にQueenというグループがヒットさせた曲のひとつだ。この曲も日本ではテレビドラマの主題歌として取り上げられて人気が再燃したようだが、そのグループの音楽的な才能は認めても、表現方法そのものが好きになれなかったためか特別な感慨はない。しかし、時代を超えて生き残るものにはそれなりの魅力がある。今年の桜花賞戦線にはゾクゾクするような新星が次々に誕生しており、後々まで語り継がれるような名勝負が期待できそうだと密かに注目している。
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競馬ブック編集局員 村上和巳
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