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原稿の区切りがついた木曜日の夕方。喫煙室で一服しながらとりとめのないことをあれこれ考えていたら、携帯電話がたて続けにブルブル。いかにも年末らしい電話が次々にかかってきた。
「最近はトレセンに顔出さんけど、どないしとるんや。楽ばかりしてへんで、たまには早起きして馬の顔見にきいや。馬の匂いをかがんことにはエエ原稿書かれへんぞ。そういえば、いつも年末に頼んでる分、今年も5本用意しといてな」
電話の主は馴染みのベテラン厩務員。その昔、馬の生態から疾病の種類、そして、仕上げの難しさに至るまで、いろいろ細かく教えてくれた、もう十数年も付き合っている人物のひとりである。
「しばらく顔見てへんけど、相変わらず馬券でやられて生活苦しいんちゃう。儲けたいんやったら、やっぱりトレセンにこなアカンわ。追い切り見て、俺らの本音聞いたら馬券なんか簡単。稼がしたげるから、来週ぐらいに顔出し。あ、そのときに来年のヤツ4本持ってきて。くるときは寝坊せんようにね」
これは私が現場を離れてからも腐れ縁が続いている騎手のひとり。普段は地味な人間だが、調教に跨った馬のジャッジは的確で、これまでに何度も財政上のピンチを救ってくれた。もちろん、結果が裏目となって奈落の底に突き落とされたことも少なくはないが。
「こちら○○。パソコンで編集員通信読んでるけど、最近はネタ切れみたいやね。家や会社にこもってばかりいないで、たまにはトレセンの空気吸いにおいで。新鮮なネタがいっぱいやで。ところで、毎年12月に頼んでるヤツ、今年も6本お願いできるかな」
この人物は私とほぼ同世代の調教師。取材上でたびたび迷惑をかけたが、いつも嫌な顔ひとつせずに協力してくれたものだ。
現場取材をしていた頃は、担当厩舎の数に応じて一定の本数だけ競馬ブックカレンダーを支給されていた。限られた本数を懇意にしている人間や取材上で世話になる人間に振り分け、足りなくなると自腹を切っていた。しかし、内勤になると当然ながらそんなカレンダーの支給は打ち切り。なのに、年末になると上記のような依頼が次々と舞い込む。事情説明をして有料だと宣言すればそれで済むのだが、長い付き合いもあってなかなか実行できないでいる。
今年も残すところあと3週。よ〜し、今週の馬券でカレンダー代を捻出しよう。ひとレース当てればそれで十分なのだから。そう決めて気持ちの整理はついた。しかし、ふと振り返ってみると、昨年のいま頃にも同様の決断をして馬券勝負。1本千円のカレンダーが数千円相当の負担となって私を苦しめたつらい記憶があるというのに……。懲りない中年である。
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競馬ブック編集局員 村上和巳
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